アリスズ

 翌朝。

 猛烈な、町の人たちの見送りにあった。

 宿屋から出るなり、陽気な人たちがわいわいと騒いでいる。

 まだ、早朝だというのに。

 扇動しているのは、果物屋の男。

 太陽の果実を持ってきた、幸福の使者だとでも思われているのだろうか。

 景子は戸惑いながらも、周囲を見渡した。

 決して、裕福ではないけれども、満たされた顔の人々。

 果物屋は、まだ騒いでいる。

『強い』という単語も混じっている気がするので、もしかしたら昨夜の出来事も、武勇伝のように尾ひれがついているのかもしれない。

 あ、あは。

 変な伝説にされそうで、景子は軽く汗を浮かべた。

 そんな彼女の手を、アディマが軽く取る。

 さあ、行こうと言わんばかりに。

 ああ。

 景子は、その瞬間がとても幸せだと思った。

 自分を、菊や梅とは別の意味で必要としている人がいる。

 日本人組を除けば、アディマだけが彼女を必要とする素振りを見せてくれるのだ。

 他の人は、別にいてもいなくても関係ないか、少々煙たいと思っていることだろう。

 だが、アディマが自分を気遣って、優しくしてくれるのはとても心が温かくなる。

 それを幸せと言わずして、何を言うのか。

 にこっと笑いながら、アディマの手を取ったら。

 ごほん、っとリサーが咳払いをした。

 煙たがっている人の代表だ。

 このまま、アディマの手を取って歩いたら、景子が彼より前を歩くことになってしまう。

 子供ならざる者に、困った笑みをひとつだけ向けて、景子はリサーの後方へとさがった。

 勿論、シャンデルよりもっと後方に。

「前を歩けばいいのに」

 菊は、肩をそびやかす。

 ソウハ、イカナインデスヨ──大人の人間関係とやらに、景子は慣れ過ぎていた。
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