アリスズ

「イエンタラスー夫人…お久しゅう。お会いできて嬉しいですな」

 テイタッドレック卿は、白髪になりかけた髪を、背中でひとつの結わえた初老の男だった。

 手足が長く、やせて背がとても高いその姿は、髪型以外で言えば、梅にエイブラハム・リンカーンの写真を想像させる。

「こちらが、夫人ご自慢の異国の者ですかな」

 ほうほうと。

 上に下にと、梅は男に眺められた。

 人間を見ているというよりは、人形を鑑賞しているような見方だ。

 最初の頃の、夫人とよく似た反応だった。

 どうも領主たちは、日常生活に退屈しているところがあり、珍しいものや美しいもの、文化的なものなどを日々求めている気がする。

 平和そうで何よりだ。

「梅と申します。お初にお目にかかります」

 生きている人間であることを、梅は言葉でアピールした。

 すると、テイタッドレック卿は、ほうと感心した様子をみせる。

「これはこれは、よい発音ですな…ふむ、美しい」

 どうやら、卿の及第点はいただけたようだ。

「梅は、竪琴も美しく弾きますのよ…是非後ほどお聞かせしたいわ」

 自分の手柄のように、夫人も鼻高々だ。

「それはそれは…では、夕食の後にでも…」

 そこで、一度梅は部屋を出ることとなった。

 卿と夫人が、領主としての話をすることになったからである。

 あの使用人が、彼女を元の部屋へと案内してくれようとした時。

 向かいから、褐色の髪を長く垂らした青年が歩いてくるのが見えた。

 使用人は、さっと脇へとよける。

 ああ。

 梅も、それに倣った。

 おそらく、テイタッドレック卿の血縁なのだろう。

 のっぽで手足が長いところが、そっくりだ。

 梅より少し上くらいか。

 若く、立場のある者の血縁であるせいか、やや高慢さが顔に出ていた。

 それを見ない振りをしながら、梅は彼が通り過ぎるのを待つ。

 だが。

 青年は、足を止め──彼女をじっと見たのだった。
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