アリスズ

「お前が、イエンタラスー夫人の屋敷の居候か」

 案の定、青年は見事な上から目線で、言葉を投げてくださった。

 本当に、性格というものは顔に出るものだ。

「梅と申します。お初にお目にかかります」

 特別な言葉を考えることもせず、卿への挨拶と一言一句変わらぬ言葉を綴る。

「ウメ? はっ…面白いほど短い名前だな。この領地では、家畜にもつけぬほど短い名だ」

 そして、客人を捕まえていきなり家畜以下の扱いである。

 ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレ──。

 梅は、微笑みも浮かべないまま、自分の知る限り、一番長い名前を思い出そうとしていた。

 それくらい、この男との話は退屈極まりないと分かっていたのだ。

 そして、お馴染みの鑑賞タイムが始まる。

 梅の着物を、首を傾げながら眺め回す。

 ふーむ、と青年はうなった。

「だがまあ……僕の部屋に、招待してやってもいいぞ」

 彼は、先導しようとした使用人の女性に、指で命令を出す。

 梅を彼の部屋に案内するように、だろう。

 動こうとする彼女を、梅は着物の手で軽く制した。

「申し訳ございません。夫人に控えの間で待つように言われておりますので…お言葉だけありがたく頂戴致します」

 ただでさえ、まだ疲れが取れきっていないというのに、卿より倍は疲れそうなボンボンの相手をする気など起きそうになかったのだ。

 幸い、イエンタラスー夫人という、別の領主が梅のバックにいる。

 この時ばかりは、彼女の威光を借りるつもりだった。

 嘘は言っていない。

『ウメは、控えの間で休んでらっしゃいな』

 そう、夫人は言ってくれたのだから。

 青年は、一瞬目を見開いた。

 断られるとは、微塵も思っていなかったようだ。

 そんな彼に。

「では、ごきげんよう」

 梅は軽く腰を折り、部屋へ戻る道筋をたどり始める。

 使用人が、二人の顔を一度見比べた後。

 慌てたように、梅の方へと駆けてきたのだった。
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