王国ファンタジア【氷炎の民】ドラゴン討伐編
第2章 月光の下
 月光に照らし出された広大な庭園。
 人の手で念入りに手入れされ、場所場所に異なる意匠が施されている。費用を惜しまずふんだんに手間隙をかけたのだろうと容易に想像がつく。手を掛けすぎて、逆に自然の失われた庭。
 大きな噴水の磨きぬかれた大理石の縁石に、艶やかな長い黒髪をひとつに結わえて背に流した少女が腰を掛けている。

 庭園の豪華さに対して少女が身に纏うのは、ごく質素な衣服。
 十代半ばだろうか、まだ娘と言うにはあどけない少女であるが、いずれ大輪の花を咲かせるだろうことを予感させる。
 細い腰に回された皮の腰帯には短剣が下げられている。
 飾りではない。少女の小さな手に馴染むまで、よく使い込んだと知れるものである。
 小さなため息とともにつぶやく。

「迷ったかしら?」

 言葉の内容に反して緊張感のない口調である。
 遠くに音楽が聞こえる。
 王都に召集された民たちの精鋭を迎えて、城内では夜会が開かれていた。
 城内の豪華なしつらえ。食べきれないほどのご馳走。優雅に着飾った貴族たち。
 ドラゴンの来襲を受けたとも見えない緊張感のない様子。
 そして、淀んだ城内の空気に我慢できなくて、森の民であるサハナは気晴らしに抜け出してきたのだ。
 しかし、庭もまた彼女の安息の地ではなかった。
 かさりと茂みの動く音に、少女は跳ねるようにして立ち上がった。しなやかな身ごなしである。
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