COLORS【藍】 藍暖簾 (with響紀様)
しかし、二人には問題があった。
笹部は昼間勤める商社マン、藍子は夕方から深夜皆が眠りについた頃まで店を構えている。
世間一般の人たちのように、二人きりで食事を楽しむという事ができないのである。
だからといって、会えないわけではない。
こうして毎晩足を運んでくる笹部だが、さすがに毎日となると懐(ふところ)が厳しいのも現実。
「アンタから金取ろうとは思わんよ。こうしてたまにでも顔を出してくれるだけで嬉しいんよ」
その優しさが笹部には辛いものに感じた。
男として女に養ってもらうもの程みすぼらしく感じると考えていた。
それが一回り以上も離れた女将であっても。
藍子はそこまで計算高くはない。
唯、生きる為に精一杯なだけ。
おでん屋を通して触れ合う人々、新しい情報と会話と少々の酒。
一瞬の楽しみを交えながら毎日を送るのにいっぱいで、他には頭が回らないのであった。
店の事なら天下一なのだが――。
―そんなある日
二人の間に更なる溝が深まる出来事が待ち受けていた。
もちろんそんな事を微々たにも思っていない。
「あら、テツさん久しぶりじゃないかね」
「ちょっくら忙しくてな、山籠りしていたのさ」
「それは、それは」
水代わりに熱燗一つとオシボリを差しだした。
「明日のメニューにシシ鍋を入れてくれないかね」
「生憎だが、おでんだけで手一杯だよ」
「なぁに、鍋の仕込みは任せてくれ」
「それじゃ、コンロだけ空けておくよ」
「ありがとな。実はな―――」
テツは山で猪猟をしている。
昔は共存するのに丁度いい数であったが、今や民家のあるふもとにまで下りてきては田畑を荒らす困った程である。
それを防ぐ為に立ち上がったのが猪猟というわけだ。
今回、いつにも増して大量に仕入れる事が出来たので、日頃世話になっているこの店へのプレゼントというわけだ。
だが、テツの狙いはそれだけではなかった――。