群青ノ春

蝉の声

三階の自宅に上がるには、最近は専らエレベーターだった。



エレベーターから出ると、左から二番目で、透明のネームプレートにシルバーのローマ字でTAJIMAと書いてある。






「ただいま…」
誰に言うでも無く、習慣が呟くように口から出る。




玄関の電気を付けるとゆっくりとオレンジ色のライトが点灯する。

おどおどと不安気な感じで燈るそのライトが奈緒はあまり好きでは無かった。





「おかえりーい!」






その不安を一息で吹き飛ばすように、陽奈がリビングから飛び出してきた。





「ただいま〜」

さっきとは違う、かける相手の居る言葉だ。






「パパは?」


「パパはお洗濯してるよぉ」
短い廊下を陽奈に手を引かれて歩く。



リビングのドアを開けるとベランダで圭介が洗濯物を干していた。


「おー、お帰り。遅かったね」
ちらりと奈緒を見て圭介はまゆ毛だけあげた。




「そー、仕事片付けてた。洗濯ありがとね」




しばらくすると全てを干し終えたようで、圭介はリビングに上がってカーテンを閉めながら言った。

「洗濯ってさぁ、夜干して一日干しっぱなしで夜入れるのと、朝干して夜取り込むならどっちが良いのかなぁ?」



真剣な顔で考えている圭介にビールを手渡して奈緒は、


「さぁ、やっぱ朝じゃない?気持ち的になんとなく」と答えて自分の分のビールのプルタブを開けると、今朝の懺悔録を押し込むようにグググーッと飲んだ。
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