愛の雫
「あっ、希咲ちゃん!」


階段を降りると、廊下の掃除をしていた陽子さんが顔を上げて、掃除機のスイッチを止めた。


「おはよう。出掛けるの?」


小首を傾げながら訊いた陽子さんは、あたしに笑みを向けている。


その表情が心無しか辛そうに見えたのは、視界が淀(ヨド)む程あたしの気持ちが落ちていたからなのかもしれない。


「関係ないじゃん……」


背中を向けながらため息混じりに言葉を投げた後、最近買ったばかりのムートンブーツを履いて家を出た。


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