わたしの、センセ
鏡の中に映る自分を見つめる

ウエディングドレスを着ても、ちっとも嬉しくない

綺麗にしてもらっても、全然高揚感がない

わたしの隣に立つのは、センセじゃないから

まるで牢屋に入る囚人のような気分だなあ

「逃げ出したい」

わたしは赤い携帯をぎゅっと掴むと、「はあ」と深いため息をついた

「なら、なんで逃げ出さない?」

背後から聞こえてくる低い声にわたしはびっくりして顔をあげた

見たことのない長身の男性が、不機嫌そうな顔をして、腕を組んで立っていた

「あの…誰、ですか?」

「なぜ逃げ出さない? 逃げたいのだろう?」

黒ぶちの眼鏡を中指で、くいっと持ち上げた男性が、鏡越しにわたしを見てきた

黒い漆黒の瞳が、冷たくわたしの身体に突き刺さってくる

「逃げ出すチャンスはいくらでもあったのに…なぜ行かない? どうして今日まで、大人しくしてる?」

「だって……苦しめたくない」

「誰を?」

「好きな人」

「違うだろ。君は戦うことから逃げた。怖いんだ。好きな人を信じてない。それとも貧乏な暮らしが嫌か?」

「夫となる人が怖い。好きな人を傷つけてほしくないの」

「あいつはそんなに軟な男じゃねえよ」

「え?」

わたしは振り返ると、眼鏡の男性を見つめた

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