楽描屋ーラクガキヤー
びんづめのほうせき

 目を奪われる、という言葉がある。
 視線が外せないほど対象に注視せざるを得ない状況を指し、良い意味で用いられる場合が多い。
 その部屋に展示された宝石達からは、どこか冷たさのような物が感じられた。
 熱意とか愛情とか、そういったポジティヴな物とは違う何かを感じつつ、しかし彼女──ユウナは文字通りそれらに目を奪われてしまっている。
 いずれも名のある職人が手を入れた物ばかりであるらしく、その一つ一つが必然の奇跡を宿した財宝と呼ぶに相応しい。
 特別光り物に興味がある訳ではない彼女ですら、思わず見入ってしまう程の品が揃っているのだ。
 自然と溜息が漏れてしまうのも、無理のない事である。
「綺麗──僕は宝石の事とか全然分からないから、上手くそれを言葉にできないですけど……」
「いやいや、それで十分だよ。美味い物を食べた時は美味いと、美しい物を見た時は美しいと、楽しいと感じた時は楽しいと、素直にそう言えば良い。君は専門家ではないのだから、専門用語を駆使して称賛の言葉を並べる必要は無い」
 違うかね?と彼女に言葉を投げ掛けた精悍な顔付きの中年男性は、ひどく御満悦な様子だった。
 ユージン=フォード。
 それが彼、一代で巨万の富を築き上げた宝石商人の名前だ。
 宝石王ユージンと言えば、子供でも知っている大富豪である。
 豪華な調度品に飾られた大きな屋敷、そしていかにも高級そうなスーツや革靴を纏うユージン本人に、一介の旅人であるユウナは激しく気後れしていたのだが、それもついさっきまでの事。
 ユージンに案内された部屋には、彼のコレクションたる宝石達が所狭しと、しかし非常にセンス良く飾られており、彼女は我を忘れてそれらに見入っていた。
「いえ、そうですね。どんなに言葉を尽くしたおべんちゃらより、本音から漏れたシンプルな称賛の方が、僕も価値があると思うですよ」
 彼女の答えに満足したユージンは、満足げに頷いて言葉を続けた。
「ユウナ君。専門とする分野は違えど、貴女程の人物ならば分かってくれると思っていた。私はこれから仕事で少し席を外すが、今は依頼の話は忘れ存分に楽しんでくれたまえ」
 その後、ユージンが警備員を残して部屋を出た後も、ユウナはしばらく宝石達を眺めて楽しんだ。
 彼女の足元では、幼い少女が退屈そうに欠伸を漏らしていた──
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