ミッドナイト・スクール
「うわああっ、このおっ!」
無我夢中だった。咄嗟に横から出したパンチが鼻先まで迫ったゾンビ犬の横っ腹を直撃し、ゾンビ犬はもの凄い勢いで吹き飛んだ。
「はやく上がれ信二!」
「……お、おう」
咄嗟とはいえ、自分の行動に驚きつつ、信二は直ぐに窓から校舎に入ると窓を閉めた。「ふうーっ、助かった」
廊下に座り込みながら一息吐く信二は、大事な事を思い出した。
「そういえば和哉、浅岡はどうだった?」
……和哉とユリが見た怪物の力。そして踊り場にあった浅岡の服を見れば彼女の生存は絶望的だった。
和哉は自分たちの見て来た浅岡の全て、そして1年A組で起きた事に関しても手早く説明した。
「そうか、そうだったのか……」
死んでいるかも知れない……いや、既に死んでいるであろう浅岡の話を聞き、信二は浅岡の記憶を振り返った。
今朝、花壇の前であった物静かな女の子。特に目立つ女の子ではなく、今までに信二と話をした事は殆どなかった。今日たまたま言葉を交わし、コミュニケーションがとれたと思っていたのに、とても残念な事だ。
「でも、まだ死んだって決まった訳じゃないんだろ? もしかしたらって事もあるんだし気を落とすなよ」
深刻な雰囲気を明るい方向へ切り替えたのは冴子だった。
「そうね、いつまでもここにいたら、例の怪物が来た時に対処できないしね」
ユリも前に進む決心をした。
「そうだな、悩んででもしょうがないか。よし、じゃあ早いとこ悠子たちとも合流しようぜ」
そう言うと、和哉は傍らに置いてあった金属バットと、ボールの入った布袋を持ち上げた。
「どっからそんなもん持ち出して来たんだ?」
和哉の装備に頼りなさを感じつつ、信二が尋ねる。
「ああ、教室に置いておいたんだ。帰ったら練習しようと思ってさ」
和哉の天才的なコントロールは、やはり地道な努力によるものなのだ。能ある鷹は爪隠すとはこういうのを言うのだろう。
「それじゃあ移動しましょう」
ユリに促されて全員はゆっくりと南側階段を降りる。敢えてこのまま二階の渡り廊下を通らないのは、浅岡の遺品の上を通るという事と、無残に殺された警備員の死体を見るのを避けるためだ。
……怪物と死神。
校舎内に潜む二匹の魔物は今はどこにもいない。

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