異常人 T橋和則物語
 和則の発作はおさまった。それで、セロンは胸をほっと撫でおろした。ドリームチームと和則による夢の試合はおわった。和則はウイニングランも終り、和則は架空の世界で勝利したのだ。今頃、病院の連中が警察をつれて、この間抜けを探しまくっているだろう。こんなところでぐずぐずしていられない。さいわい、間抜けの発作もおわった。
 しかし、最初の用件をまずすべきで、最初にしなければならないのは夕食だった。腹が減った。とにかくなにか食べなくては。和則も腹減ったとクレージーに呟いていることであるし。とにかく、何か食べなくては。教会から二ブロックほど歩いていくと、よく見かけるうす汚いラーメン屋があった。客は、いわゆるラーメンフリークの庶民たちだ。
 魚田こと和則は、セロンのあとをのろのろと亀のようについてきて、セロンが店にはいると、和則ものろのろと店にはいっていった。いらっしゃいませ!、と威勢のいい男の声がすると、和則はすくみあがった。セロンがいった。
「なにを立ち尽くしてるんだ?店の挨拶だよ。さぁ、ラーメンでも食べようぜ」
 彼は魚田みすずこと和則の腕をぎゅっと掴み、椅子に座らせた。まったく、手間ばかりかけさせやがって。セロンの顔はそんな顔だった。
 客はあんまりいなかった。店内はほとんどからっぽだった。トラック運転手らしい大男ふたりが座って豚骨ラーメンをすすっている。
「なんにしやしょう」頭の薄い、険しい顔の中年の親方がいった。何にするかな?…といってもこの店は豚骨ラーメンか塩ラーメンくらいしかあるまい。よくて、チャーハンだ。「なんにする?和則」セロンが隣の席の和則にきいた。
「なんにする?セロン」和則はぼんやり答えた。
「じゃあ」セロンは四番目の微笑、つまり少年っぽい微笑で答えた。「豚骨ラーメンふたつ」すると、親方は「へい!」といった。少し訛りがあるので、東京のひとではないようだ。親方は東北出身ではないか……。セロンは余計なことを考えた。
 店のテレビはつけっぱなしだった。
 
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