異常人 T橋和則物語
 セロンはなすすべもなく、和則のウイニング・ランを見守った。くそったれめ! 扉のほうに目をやると、すでに鼻先で閉まっていた。しかし、釈子を責めることはできない。自分だって、玄関で和則みたいな異常者が踊ったり、跳ねたり、ドリブルしているのをみたら閉めるだろう。セロンは苛立ちとともに失望を感じていた。和則のせいで失望が胸に、からだに、痛いほどの失望が、ひろがった。
「もういい! 試合はおわりだ! 十対一! お前たちの負けだ!」セロンは怒りにまかせて、和則をどなりつけた。「もう番組はみれないんだよ!ウォーターマンが!」
 和則はカエルみたいにぴょんぴょん跳ねはじめた。セロンの言葉が信じられなかった。ウォーターマンがみれない。まさか! 見れない? そんな! そんなはずはない。彼は腕時計を指さした。
「あと……あと…」
「ウォーターマンまであと一分だ」セロンが確認した。「なのに、あんたがダメにしたんだ! 自分の責任だぞ、和則! 俺にまかせときゃ部屋に入れて、テレビがみれたんだぞ! それもこれもみんな…」
 しかし、セロンの言葉は彼には聞こえなかった。理解できるのは、ウォーターマンがみれないという一点だけだった。ウォーターマンが……見れない…。恐怖に小刻みに震わせ、つぶやきが始まった。
「いまに……もう……ウォーター……マン…もう…」
 言葉を出そうにも、どもって言葉にならなかった。
 セロンは何か手をうたなければと悟った。しかも、早急に。急いで。和則が自分の前で爆発し、粉々の破片になってしまう。ドアのほうをむいてノックした。ドアはすぐにあいた。きっと、ドアの覗き窓からみていたに違いない。
「由美ちゃん。釈子ちゃん。ごめん。きみに嘘をついていた」セロンは早口でまくしたてた。「申し訳ない。実は、…和則…いや…みすずちゃんは……じつは…アニメをみたいと」 パンツルックの由美釈子はカエルのような美少女から、ハンサムな白人男に目をうつした。「アニメ?」と疑わしげにいった。
 
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