異常人 T橋和則物語
         秘密





  青沢医師は、診察予定時間を過ぎてもふたりを待っていた。時刻は午後六時を五分ほど過ぎたばかり。まだ重大な遅刻…というには大袈裟過ぎる。セロンと医師は自己紹介しあって、握手をかわし、そのあいだ和則、いや魚田みすずはオフィスの辺りをよたよた歩きまわっていた。みるからに異常人であることは、医師にもわかる。いや、彼はプロだ。異常者をみなれているから、一瞬で、和則が異常人、と理解したろう。
「この女の子(和則のこと)は魚田みすずといいます」セロンはいった。「頭が…その……悪いっていうか…発作をおこすんです」
 セロンにとっては、こんなしけたオフィスで時間をつぶす気はなかった。二、三、質問して、発作をとめる薬でももらって帰るだけの気だった。どうせ和則の馬鹿は死んでもなおらない。神様は和則を救えというが、救いようもない男なのだ。今は…美少女か。
 しかし、セロンは医師に(変身以外の)すべてを話した。
 異常な行動をすること。サッカーのマネをすること。発作。食べ物は小さくきって食べること。公衆の面前で糞たれようとすること。つぶやき。テレビ番組を見逃すのが耐えられず飛上がり、爆発寸前になること。
 青沢医師は髪をきちんとわけ、白衣の立派な身形をしたきゅうりのような華奢な男で、いかにも医者らしいインテリ風だった。しかし、目はどこか信用がおけないような鈍い輝きを放っている。
「テレビは好きかい?みすずちゃん」青沢がきいた。
「ウォーター」目も向けることなく、みすず(和則)が答えた。
「かず…みすずちゃん……」
 しかし、医師がセロンに合図して黙らせた。とにかく、みすず(和則)にすべて話させなければ。ほかにどんな用できたというのかね。
 瞬時に黙り込んだセロンは細い目をして考えた。これは、和則の正体まで話さなければならないのだろうか。とにかく、そんなの糞っくらえだ。
< 48 / 63 >

この作品をシェア

pagetop