異常人 T橋和則物語
第二章 美少女に変身!

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「和則!」セロンが叫んだ。
 和則はあわてて振り向いた。セロンの顔は険しく、目はベーリング海のように冷たかった。「このラブホテルの部屋の中で、トイレ以外のところで糞垂れるなよ!」と怒鳴りつけた。「いいか!」
 和則はなぐられたかのようにすくみあがって、唇をきゅっと噛みしめ、「…ウォーター?」と呟いた。
「このセロン・カミュさまを馬鹿にするのか!」セロンがわめいた。
「やめてよ!可哀想よ!」
 ミッシェルは言った。さんにんは、ラブホテルの一室にいた。派手なベッドと壁はきらびやかで、いやらしいことをする部屋としては上出来である。セロンと彼女はベッドだ。
「セロン!」
 今度はミッシェルがわめいた。
 セロン・カミュは圧力釜に長いこと入りすぎていたために、釜のバルブが壊れて、あらゆるものが噴きこぼれた。なんともやりきれない思いだった。神様は、日本一悲惨な男を救え、という。しかし、何なんだ?!この和則、T橋和則って男は!まさに悲惨も悲惨だ。ふん!しかし、救いようもない糞ったれだ。自分はこの糞・和則を精神病院から連れ出した。が、何になる?途方にくれた和則がズボンに手をかけたことが、爆発の引き金になった。セロンはいきなりベッドから起き出して振り向いて、右手で大きく弧を描いて、デスクのものをすべて残らず払い落とした。…電話帳、コンドーム、メモ、ティッシュ…和則が唖然と見つめるなかで、すべてが派手な音をたてて床にぶつかった。
「セロン!可哀想よ!」 ミッシェルは声を荒げた。
 和則は頭を下げ、「ゴメンゴメン…ウォーター?」と言った。
「ほらね」ミッシェルは笑った。とにかく今は週末だ。対策をたてるにはみっちり時間がある。ゴールデンタイム。天使資格停止延期。セロンは安堵の溜め息をついた。セロンはミッシェルに目をやり、まともに目を合わせた。俺の女。俺が助けを求めたとき、ちゃんと力になってくれた。感謝しているぜ。可愛い女だ。セロンは彼女にキスをした。
「愛し合おう、ミッシェル」
「…ダメよ。和則が見ているわ」
 しかし、和則はハゲ頭をタオルで研いていた。ピカピカピカピカ眩しかった。
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