異常人 T橋和則物語
 セロンとミシェルは愛し合った。愛の行為はとてもよく、TVの幼児向け番組を観つづける和則の存在さえ、忘れることができた。
 愛をかわしているときは、ミッシェルはしばしば、そうだと断言することができた。セロンは激しく、しかもやさしかった。彼女を強く抱きしめ、熱っぽく、思いをこめて唇を重ねてくる。ミッシェルは彼が自分のことを美しいと思っているのを知っていた。自分をむさぼるようにみつめる彼の目と、熱のこもった微笑にそれがあらわれていた。
 しかし、いったんズボンを履くや、セロンは別人にかわってしまう。絶好のチャンスをうかがい、それがやってくるのを、他人の弱点をみつけて攻撃して成功を勝ち取るセロン・カミュに。ほかのものが夢を見るときに、セロンは陰謀をたくらむ。ミッシェルは彼を愛していたが、つねに好意を持っているかというと、あまり自信がなかった。
「セロン……」ミッシェルがやさしくうながした。
 魔法がとけた。「くそう。もうちょっとで何かひらめきそうだったのに…」
「え?なんのこと?」
「ほら、子供の頃って……みんな架空の友達みたいなのを持ってるだろ」
 ミッシェルは頷いた。彼女の”架空の友達”は聖母マリアだった。彼女はいまでもときどき現れて、秘密のことを教えてくれる。
「へえ、俺の友達のほうは…なんだったかな?名前…」セロンは記憶をたどった。「…ダメだ。忘れた。よく覚えてないよ」彼はにやりとした。
「やだわ、覚えてないの?」
「でも…」セロンは記憶をたどった。「僧侶みたいな感じだった。少林寺とかのさ。俺、中学まで日本にいたんだ。それで、坊主みたいな感じの…ぼやけてるけど…そいつが車に轢かれそうだった俺をすくってくれた。いや、それも夢かな。歌もね。おれがなにかにおびえたりするとそいつが歌ったくれたんだ」彼はふたたびにやりとした。「いま思うと、おれはすごい怖がりだったんだな。ま、遠い昔のことだけどさ……」
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