渇望
「ん?」


「あたしさぁ、来週誕生日なの。
んで、一泊で良いからさ、どっか一緒に旅行したいなぁ、って。」


良いよ、と瑠衣は笑った。


ただそれだけのことで嬉しくなれる。


例えばそれは、初めてデートの約束を取り付けることと同じくらいの喜びだったのかもしれないけれど。



「ハタチになるんだっけ?
行きたいとことかさ、また考えとけよ。」


「…ホントに良いわけ?」


妙に物分かりの良い台詞に思わず眉を寄せて聞き返すと、



「つか、お前が誘ったんじゃん。」


いや、そりゃそうですが。


5月を迎えればもう、桜の季節だと騒いでいた余韻は消え失せていて、だから瑠衣の顔にも幾分元気が戻った気がする。



「どうせ俺がいようがどうだろうが、この街の営みに支障はねぇわけだしさ。」


悲しいけれど、それは事実。


例えば今、ここからあたし達が消えたとしても、この街の何が変わるわけでもないのだから。



「ちょっとちょっと、折角楽しい話してんだから、嫌なこと思い出させないでよね。」


そんな会話を遮るように鳴り響いたのは、あたしの携帯の着信音だった。


すっかり気分も台無しにされ、肩をすくめてそれのディスプレイを見れば、“ジロー”の文字に心底驚かされた。


アイツが自分の携帯から直接あたしに電話してきたことなんて、今まで一度もなかったのに。


嫌な予感に眉を寄せ、通話ボタンに親指を乗せた。



『百合、落ち着いて聞いて。』

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