渇望

消えた泡姫

「仕事、もう辞めようかな、って。」


あたしがそう言った時、瑠衣はひどく困惑するような表情をした。


百合、と言い掛けた彼の言葉を遮るように、



「別にアンタのためってわけじゃないから。」


どうせいつまでもこのまま続けてたって先に何があるわけでもないし、ハタチを迎えるということはひとつの区切りなのかもしれないと思ったから。


理由の中に瑠衣のことが含まれていないかというと、そうでもないけれど、でも自分で選んだと言い聞かせたかった。


だからって瑠衣にも同じように女を抱くことをやめてとか、一緒にこの街を出よう、と言う気はない。


ただ、自分の人生を歩む道の上に、相手がいてくれることを望むだけ。


もちろん、強制したんじゃ意味はない。



「まぁ、仕事見つけられなくてあのマンション追い出されたら、ここで世話してよね。」


冗談半分で言ってみた。


辞めると言って簡単に許してもらえるとは思わない。


何より辞められたとしても、過去が付き纏うこともわかってる。



「…この街から、離れないんだな。」


「あたしさぁ、多分もう、地元に戻ることはないと思うから。」


未だにお兄ちゃんに連絡はしていない。


けれど、戻ったとしても今のままでは、きっと誰のためにもならないだろうから。


傷はまだ、完全に癒えてはくれない。



「お前、マジで馬鹿だよ。
何でこんな俺といたいと思うんだか。」


そう言いながらも、瑠衣は少し救われたかのような顔をしていた。


だから今は、きっとそれだけで互いに十分だったのだろう。



「ねぇ、一個だけ我が儘言って良い?」

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