かんのれあ
「河野さん」


あたしに気づかずお店を出た河野さんに、背中をぽんと叩いて声をかけた。


「お~~~~っと、かんのさん!?」


河野さんは、顎が肩に乗るぐらい首をひねって、背後のあたしを見下ろした。


気のせいかもしれないけど、いつもより少し疲れているような印象を受ける。


最後の打ち合わせの時から、顔が痩せたように思えた。


「偶然じゃん。かんのさんも中の様子見に来た?」


「――あ」


お店に入ってすぐに河野さんを追ってきたものだから、

肝心な用事を済ませていない事に気がついた。


それを悟った河野さんは、あたしを横目に見て、自信あり気に微笑んだ。


「ここがこの辺で一番仕入れてくれてるお店なんだけどね、なかなかいい感じにはけてると思いますよ。

何ならもっかい中入る?」


お店の入り口を、封筒を持った手の親指で指す。


同時に肩の荷が下りて、仄かな高揚感に胸が跳ねた。


今すぐにでも見に行きたい。


けど、疲れてる所、河野さんに何度も往復させるのも悪い気がするし……。



「そうですか。
う~ん…いや、今日はそのお話が聞けただけで十分です。

後でまた、様子を見に来るつもりなので」


そう言うと、河野さんは駅に向かって編集部に戻る予定らしかったので、

あたしも駅を通って家に向かうという、ちょっと遠回りのコースを選んだ。
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