かげろうの殺しかた
道の向こうにゆらゆらと、夏の終わりの幻が青く揺らいでいた。




加那には、彼女を弄んだ相手を斬ったことは告げなかった。



婚儀の日の夜、寝屋に吊られた蚊帳の中でそっと加那を抱き寄せると、彼女は小さく震えて、

隼人は、伝九郎を斬っても加那に深く残された傷痕は消えず、彼女の過去も消し去ることはできないのだと知った。


幼い日からずっと思い続けた女。

逃げ水のようにただ遠く視線の彼方に追い続けてきただけの存在は、今自分の腕の中にある。


狂おしいほどに愛しいと感じつつも、
隼人はこの初夜に、睦みごとを交わそうとするのをやめた。

驚いたように「私は構いません」と言う加那の体をただ抱き締めて、「今はこれで良い」と微笑んだ。


彼女が負った傷は、隼人が負わされた手傷よりも何倍も深い。
癒えるのにはまだ時間がかかるだろうが、それを待とうと思った。


隼人にすがりついて泣く加那の体の温もりを感じながら、隼人は幻ではない確かな幸せに包まれて眠りに落ちた。


  -了-
< 75 / 76 >

この作品をシェア

pagetop