隣の先輩
「じゃあな」


 先輩と和葉さんがその電車に乗るために私に背を向ける。


 先輩が私の頬を抓った感覚が残っていた。


 その感覚と先輩からメールを送ってほしいという気持ちが、私の口から言葉を押し出していた。


「稜」


 私の口から出てきたのは先輩の名前。


 先輩がその言葉に振り返る。彼はからかうような笑顔を浮べていた。


「合格。でも、さっきのは冗談だけどな」


「冗談?」

 その言葉を聞いて、肩をがくっと落とす。


 もう一度、私の耳に先輩の声が響いていた。


「じゃあな、真由」


 そう言うと、先輩は笑顔を浮かべていた。


 始めて名前で先輩の言葉で名前で呼ばれた。


 私が何かを言う前に、すぐに電車のドアが閉まってしまった。


 電車のドアの向こうに、和葉さんと先輩の姿がある。先輩と目が合い、先輩は笑顔を浮かべていた。


 私の大好きな先輩の笑顔だった。


 その笑顔にほっと息を漏らす。


 そして、電車が加速しだす。


 私は先輩が乗った電車が去っていくのをただ眺めていた。





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