悲愴と憎悪の人喰い屋敷
声のない悲鳴
首を傾げて今の言葉はどういう意味か聞くのを躊躇していると、望月は食べていたアイスの蓋を閉めて硝子さんに言う。

「部長さんの居た居間まで案内頼めますか?」

「え?あ、良いわよ!お姉さんが案内してあげるわ」

目を輝かせ硝子さんは望月の両手を握る。
これをきっかけに親しくなろうとしている魂胆が丸見えだ。
望月の言った言葉が気になり、俺も二人の後ろから居間へと移動する。
一人だけキッチンに残るのは寂しいだろうと、俺は樋口に手招きをして呼ぶ。
すると、樋口は眉を寄せ渋々といった動作で近づいてきた。

「どうしたんだ?」

具合でも悪くなったんだろうか?
心配して聞くと樋口は前を行く硝子さんを一瞥する。

「俺、あんな女は嫌いなんだよ。媚を売るような奴の傍は居たくもない」

過去に何かあったような口調だったので、俺は何故だと聞き返す事ができなかった。
もしかして、それがトラウマで女性恐怖症になって男の俺が好きになったとか?
う〜ん、有り得ない話ではないかもな。
大学でも街中でも女子にナンパされる樋口だが軽く断ってるし…。
「ここが居間よ。広くて暖炉があって西洋的でしょ?」

まるで自分の家を自慢しているような硝子さんの声が聞こえた。
いろいろ考えている間に、目的地に辿り着いたらしい。
居間には暖炉の火があるだけで、誰もいなかった。
なんだ?…最初に俺が訪れた時とは何か違う雰囲気がするなぁ。
暖炉の火で部屋は暖かい筈なのに少し肌寒い。

「お酒を飲みかけたまま居なくなるとは、部長にしては変だな」

テーブルに置いてある酒瓶を見て、樋口が俺に聞く。
頷いて同じようにテーブルを見た時、ひとつだけ可笑しな点に気が付いた。

「あれ?グラスがないぞ?」

「あら、ホントだわ」

今頃グラスがないのに気が付いた硝子さんはハッとして辺りを見る。
床に落としているのではと探してみたが影も形もない。

「持ったまま部屋を出たんじゃないのか?」

「そうね…」

樋口の言葉が最もだと思い、俺と硝子さんは頷く。
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