花は踊る 影は笑う~加賀見少年の非凡なる日常~

 顔を上げることなくどうにかそれだけ言って目を閉じる。
 周りの物音がやけに五月蝿く聞こえて、神経を刺激する。
「……って。千歳っち。マジで手え、かなり熱いんだけどっ」
 手を払われた拍子に触れた千歳の体温の高さに驚いて綾人が声を上げる。
 けれど、心配するようなその声も千歳にとっては五月蝿くて不快なものでしかなく、その大声がぐわんぐわんと耳元で反響して疼く頭の痛みを倍増させる。
「千歳っち!」
――だから、耳元でわめくなよ。
 心底そう思ったが、それを口にする元気さえ残っていない。ひたすらうつ伏せの姿勢のままで小梅が早く来てくれる事を祈る。
小梅が来てくれれば部屋に帰れる。部屋へ戻りさえすれば、確か、備え付けの置き薬があったはずだ……。
そんなことを考えているうちにだんだんと頭がぼんやりしてきた。
『駄目だ、小梅が来るまではしっかりしとかないと、また……心配させてしまう』
 なんとか気力を保とうとする――と、その時教室の扉が開く音が遠く聞こえた。
 近づいてくる足音に、条件反射のように体が跳ね起きる。
 間違えたりはしない。あれは……小梅の足音だ。

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