龍馬! ~日本を今一度洗濯いたし候~


  江戸から横浜へ、パークスと交渉する日が続いた。麟太郎は通訳のアーネスト・サトウとも親交を結んだ。麟太郎はのちにいっている。
「俺はこれまでずいぶん外交の難局にあたったが、しかしさいわい一度も失敗はしなかったよ。外交については一つの秘訣があるんだ。
 心は明鏡止水のごとし、ということは、若いときに習った剣術の極意だが、外交にもこの極意を応用して、少しも誤らなかった。
 こういうふうに応接して、こういうふうに切り抜けようなどと、あらかじめ見込みをたてておくのが世間のふうだけれど、それが一番悪いよ。
 俺などは何にも考えたり、もくろんだりすることはせぬ。ただただ一切の思慮を捨ててしまって、妄想や邪念が、霊智をくもらすことのないようにしておくばかりだ。
 すなわち、いわゆる明鏡止水のように、心を磨ぎすましておくばかりだ。
 こうしておくと、機に臨み変に応じて事に処する方策の浮かび出ること、あたかも影の形に従い、響きの声に応ずるがごとくなるものだ。
 それだから、外交に臨んでも、他人の意見を聞くなどは、ただただ迷いの種になるばかりだ。
 甲の人の意見をきくと、それも暴いように思われ、また乙の人の説を聞くと、それも暴いように思われ、こういうふうになって、ついには自分の定見がなくなってしまう。
 ひっきょう、自分の意見があればこそ、自分の腕を運用して力があるが、人の知恵で動こうとすれば、食い違いのできるのはあたりまえさ」

 
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