龍馬! ~日本を今一度洗濯いたし候~
 麟太郎には剣客十五人のボディガードがつく予定であった。越前藩主松平春巌からの指示だった。
 しかし、麟太郎は固辞して受け入れなかった。
  慶喜は、麟太郎が大坂にいて、春嶽らと連絡を保ち、新しい体制をつくりだすのに尽力するのを警戒していたという。
 外国領事との交渉は、本来なら、外国奉行が出張して、長崎奉行と折衝して交渉するのがしきたりであった。しかし、麟太郎はオランダ語の会話がネイティヴも感心するほど上手であった。外国軍艦の艦長とも親しい。とりわけ麟太郎が長崎にいくまでもなかった。 慶喜は「長崎に行き、神戸操練習所入用金のうちより書籍ほかの必要品をかいとってまいれ」と麟太郎に命じた。どれも急ぎで長崎にいく用件ではない。
 しかし、慶喜の真意がわかっていても、麟太郎は命令を拒むわけにはいかない。
 麟太郎は出発するまえ松平春嶽と会い、参与会議には必ず将軍家茂の臨席を仰ぐように、念をおして頼んだという。
 麟太郎は二月四日、龍馬ら海軍塾生数人をともない、兵庫沖から翔鶴丸で出航した。
 海上の波はおだやかであった。海軍塾に入る生徒は日をおうごとに増えていった。
 下関が、長州の砲弾を受けて事実上の閉鎖状態となり、このため英軍、蘭軍、仏軍、米軍の大艦隊が横浜から下関に向かい、攻撃する日が近付いていた。
 麟太郎は龍馬たちに珍しい話をいろいろ教えてやった。
                     
「公方様のお手許金で、ご自分で自由に使える金はいかほどか、わかるけい?」
 
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