初雪の日の愛しい人[短編]
「アナタ、ジブンをバカヤロウと思ってる?」

 少しおかしな物言いに、あたしは思わず笑ってしまう。
 こんな風に笑うのなんて、久しぶりだ。

「そうだね、バカヤロウと思ってるよ」

 彼女はふうんと頷き、ココアをすする。

「ワタシは、アナタのことバカヤロウと思わないよ」

 カップを置いた彼女はうつむき加減にいう。

「…浮気されるのわかってて付き合って、傷ついてるのに離れられないんだよ?…馬鹿だよ、あたし」

「チガウよ」

「ちがくないよ。痛くて痛くて、仕方ないんだ。…だけど好きなんだ」

 あの馬鹿男のことが。
 だけどアイツよりあたしのほうが相当馬鹿で、痛いこなのは十分わかっているつもりだった。

「イイんじゃない?」

 何を言ってるんだという目で彼女を見ると、彼女も顔を上げた。

「すきならとことん、きらいになるまですきでいても」

「…ボロボロになっても?」

「…傷ついてほしくはナイ。でも――」
 
 彼女は真剣な表情から、気の抜けたような――とてもとても、やわらかい笑みを浮かべた。
 胸が、ふいに苦しくなる。

 …ほらやっぱり。
 あたし彼女のこと、知ってる。

「すきでも、すきといえない人もいるから。…ワタシみたいに」

「…あんたみたいに?」

「そう。ダカラ――すきというキモチ、タイセツにしてほしい」

 ふたりの間に、沈黙が流れた。
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