Blood†Tear

痛覚を失っているシェイラはふと困ったように顔をしかめた。


現段階で何処に傷を負い、その傷がどれ程の深さなのかもわからない。


今はそれ程酷い傷を負ってはいないだろうが、どうやってこの状況から抜け出せばいいのだろう。


頼りになるのは、弦に触れた触覚と生暖かい血液のみ。


冷静に考えれば、無闇に動くのは避けた方がいいのだろう。




 「その綺麗な顔を、もっと歪ませて下さいよ。痛みに悲鳴をあげて泣き叫んで下さいよ。ねぇ、シェノーラ様」


 「…何故、その名を……?」


ティースプーンで弦を弾きながら楽しそうに言う彼女の言葉に反応を見せたシェイラ。


恐る恐ると言った感じで彼女に問いかけた。



スウィール国の王女シェノーラは、世間体では死んだ事となっている。


なのに彼女はシェノーラが生きている事を知り、目の前の人物がシェノーラであると言う事実も知っている。


シェノーラがシェイラと名を変え生きている事を知るのは、共に旅をする5人とレグルの側近達の極わずか。


先程出会ったばかりの彼女が、何故それを知る?




 「何故って、酷くはありませんか?私の事をお忘れになるなんて。私はこんなにも、貴女の事を知っているのに」


屋敷に閉じ込められていた為、人との関わりの少なかったシェイラ。


彼女は顔見知りだと言うが、シェイラには彼女と出会った過去の記憶を思い出す事ができない。




 「仕方ありません。私のファミリーネーム、否、フルネームをお教えして差し上げましょう」


机の上に腰掛け脚を組むと、オレンジ色の瞳でシェイラを見下ろした。


その姿を見つめるシェイラはゴクリと息を呑む。




 「私の名はティムリィ・ヴィネッド。この名を聞いて思い出して頂けましたか、シェノーラ様?」


 「…ヴィネッド……ティムリィ・ヴィネッド……!?


 「そう、ヴィネッド。ある日突然奇怪な死を遂げた、あのヴィネッド家の娘ですわ、シェノーラ・フィール・ラグナー様」


彼女、ティムリィは驚き目を見開くシェイラを見つめ、妖艶に微笑んだ。






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