多幸症―EUPHORIA―
 ぼくはいつからこんな風になってしまったのだろう。

 砂浜に仰向けに倒れ込み、双眸を閉じた。
 波の音。砂浜を踏む足音。人の話し声。
 その総てがいつか海にさらわれてゆく。
 光。
 眩しい光が心の闇を破壊してくれたらなんて、生ぬるい受動的な考えに思いを巡らしながら、太陽の光を全身で感じる。

 ぼくはいつから――、
 再び自問する。
 いつから、俳優から、只の嘘つきな詐欺師に成り下がってしまったのか。自分の世界に閉じ籠り、夢ばかりを見るようになってしまったのか。
 醜くく媚びを売る偽りの自分を皆が愛す。お願いだから、いい加減手酷く見限ってくれないか。そうすれば、ぼくはこの馬鹿げた茶番劇を終幕することが出来るのに。

 そうして弱い自分に眼を逸し、他人ばかりを責めた。

 ぼくも幼い頃は、少年と同じように演技することを心から愛していた。しかし、いつしか天才子役と持て囃されるにつれ、期待に応えようとすればするほどに、何故か演技は出来なくなっていた。

 ぼくは世間の眼差しを一身に受けることで崩れてゆく、弱い人間だった。ぼくは天才子役でも何でも無かったのだ。  けれど、だからといって回り始めた歯車は止まる術を知らずに、ぼくだけをひとり置き去りにしたまま。

 そうして、ぼくは俳優を辞めることすら出来ず、期待に応えることもままならなくなっていた。


 そんなぼくが出した答えは、演技することではない。
 自分を欺くことだった。
 思い込みというものは恐ろしいもので、口がきけないと言えばそうなってしまったし、足が不自由だと言えば全く歩けなくなってしまった。それは登校拒否の子供が学校に行きたくないばっかりに、本当にお腹が痛くなったり熱が出てしまうのと丁度似ていた。

 それを周囲は演技だと信じた。

 こうして、ぼくは何年も偽りの演技を重ねていったのだ。



(『多幸症―EUPHORIA―③』橘亜草の場合(六)/了)
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