HEMLOCK‐ヘムロック‐


 何よりも少女の名が知りたかったのだ。


『じゃあ僕は君を呼べないじゃない。ママには何て呼ばれているの?』

『ママはメイってよぶの』

『じゃあ僕もメイって呼ぶ。2人だけの秘密だよ』


 少年は少女と秘密を持てた事に満足した。


 他愛もない、子供同士の秘め事。

2人はある、“同じ境遇”の元に生まれた為、その約束は一種のスリルと背徳感があった。親の言いつけを破るかのような。

本来“ココ”はそんな子供の戯れも許されない処なのだ。
幸いまだ2人は幼く、その残酷性に気付く事こそ無かったが。







 少年は約束通り再び少女の元に来た。手に持つ本は『童話全集』。
海老茶のハードカバーのその本は、とても小さな子供向けの本ではない。

しかし彼らには、大きな字に可愛い挿し絵の絵本など無縁なのだ。小さな活字がびっしり詰まった、リアルな挿し絵の文学的な本しか、彼の世界には“有り得ない”。


『イオ!』

『こんにちは。メイ。白雪姫持ってきたよ!』


 2人は大人に隠れるかの様に階段裏のスペースで身を寄せた。
もちろん、大人からはバレバレで、白い廊下を通る白衣の研究者達がその様子を微笑んだり、訝しがったりしながら過ぎ去る。
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