HEMLOCK‐ヘムロック‐
 新宿区某所のオフィスビル。

――ピグモ芸能プロダクションと書かれたオフィスビル。
そこには事務所の者に聞かれぬ様にと、わざわざビルの非常階段で言い争う男女の姿があった。


「あさみ! お前、興信所に行ったのか!? さっき電話があって、依頼取り消しを頼まれたって……」

「トヨが私の事コソコソ調べようとするからじゃん? なに逆ギレしてんの?」


 女、鞠 あさみはこの芸能プロダクションの看板タレント。
テレビでは「ニオイが苦手……」と公言している煙草を、この場では堂々と吸い、自身の専属マネージャーである男、豊島 一哉に向かって煙りを吐き掛けた。


「お前の事じゃないっ! あの男の事だ!!」


 一哉はあさみから煙草を奪うと、自分の携帯灰皿に押し付けた。
基本、非常階段は禁煙である。このビルも例外ではない。


「だから、彼はストーカーとかじゃないって!!」


 何を言ってもこの調子。一哉は覚悟を決めるしかなかった。

 彼女――鞠 あさみは、芸能人としてこんな所で朽ちる訳にはいかない。

“隠し通さなければ。”


 それは鞠 あさみのマネージャーとして、彼の選択した“正義”だった。
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