リアル
「ママ、こいつを依頼人に渡してくれないかな?」
 カウンターを挟み、私とママは向き合う形で話をする。全身のダルさと引き換えに得た快楽の反動はかなりデカイ。酒と麻薬のジャンキー。全身が毒素に蝕まれる程に、私は生きている実感を得る歪んだ人生だ。
「渡したら良いのね?」
「ああ」
 五年物。こいつを依頼人の富田に渡して置けば良い。そこから先、どの様な経緯でターゲットにブツ物が渡るかは、私の知った事では無い。
「相変らず、何の迷いも無く人を殺すのね」
 依頼内容を知っているママが、呆れた口調で私に話し掛けて来る。
「需要があるから供給がある、それだけだよ」
「スーパーで食料品を買うのとは訳が違うわ」
「私には同定義に思えるけれどね」
「割り切っているのね」
「必要悪。自分ではそう思っているよ。売春の元締めをしているママだって、需要と供給の中での必要悪だ」
「私は、男性の心と身体を癒しているわ」
「倫理観に照らし合わせれば、人身売買は許される事じゃ無い」
「その分、等価を貰っているわよ」
「どれだけ綺麗事を云ったとしても、私やママの様な仕事が成立する限り、捻じ曲がった世の中の方が異常に思えるね」
「臭い物には蓋をしろって云うが、世の常じゃない」
「ママは悟り過ぎている。三十路だとは思えないよ」
「経験則がそうしているのよ」
 価値観の差異。私やママには、本来はそう云った物は無い。汚れた物を見ている私達からすれば、綺麗事を云っている社会の方が薄気味悪く感じる。
「アンタって、本当に生きる事に飽きているのね」
「脳味噌が痺れる瞬間、生きていて良かったと思うよ」
「とんでもない人ね」
「死を待ち望み乍ら生きている。自分でそう思うよ」
「死にたいなら、死ねば良いじゃない」
「自殺は簡便だね。元々弱虫なんだ」
 絡み合う言葉。私達は酒の肴の変わりに無意味な会話を交わす。ママは、私の弱虫と云う言葉を聞くと微かに笑い声を上げる。
「本当に正直な人ね。嫌いじゃ無いわ」
「そりゃ、どうも……」
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