リアル
坂部はチラリと助手席に座っている田中に視線を寄越すと、田中の顔に刻まれた皺が、悲しげに歪んでいた。
「ワシにしろ、妻にしろ……先が長い訳では無いし、子宝に恵まれる事も無かったが、それ成りに二人の時間を大切に過ごして来た積もりじゃったが、見舞いに行く度にな、妻が涙を流すんじゃよ」
「涙、ですか?」
「妻は、自分が食道ガンじゃと云う事は告知されとらん。いや、ワシが拒否したんじゃよ、妻への告知をな……」
「そう、なんですか?」
 坂部は初めて聞かされる話に戸惑いの色を隠せずに要る。
「ステージⅣとか云うやつでな、末期のガンじゃと云われたんじゃ。その上で、ワシは迷わず本人への告知は断ったんじゃ」
「如何してですか?治療の方法はあるんでしょう?」
「ガンって云う病気はの、余りにも一般的な病気の上に、治ると云う風に思われがちじゃが、それは早期発見の上に好条件が揃った場合に限ってなんじゃよ。
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