愚者
 葵は意識の奥底で混乱する記憶の迷宮を彷徨い続ける。屋上。階段。小夜子。断片的に記憶が蘇り出す。曖昧な記憶の中ではあるが、小夜子と昼食を一緒に食べ教室に戻ろうとした所迄の記憶はある。モノクローム映画を観ているかの様に、その時の記憶が脳裏に浮かんでは消えて行く。
―確か、男子生徒とぶつかって……
 そこ迄記憶が蘇った時、葵の瞳に眩い光が差し込み、視界に影が映る。混沌とした意識が徐々に繋がって行く。生きたく無いと云う思い以上に、小夜子との事が気に成り、結果、意識が戻る事に成った。
「葵!」
 虚ろな瞳に映る母の儚げな顔。葵の心の中に浮かんだのは先ずその事だった。その次に、知らない男性の顔が瞳に映り、仕切りに何かを喋っているが、意味を理解する事が出来無い。まるで外国に一人で放り出されたかの様に、言葉を喋っている事は分かるが意味が理解出来無い。白衣・眼鏡・光。これ以上は何も分からず、徐々に遠のく意識に葵は思考を委ねる様に、もう一度深い眠りの中に引き返していった。

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