愚者
「そんな……治らないの?」
「見通しは五分と云う話なの。打ち所が悪かった個所と良かった個所があって、今生きているだけでも奇跡的だとの事なの。お医者さんの方でも、どう対応したら良いのか分からない状態で、今は植物状態だとしか云えないって……」
 葵の視界がグルグルと回転する。上手く言葉で表現出来無い。自分が助かった代りに、小夜子が生死の境を彷徨っている。何かが違うと本能が葵の心に訴えかける。偶然起きた事故だとは思えない。何か悪意が有ったとしか思えないが、心当たりが有る訳も無く思考の迷路に迷い込んでしまう。葵は混乱する頭の中で色々と考えていると、母が優しく肩を抱き締めて泣き出す。
「今は何も考えないで身体を休めなさい……」
「でも……」
「誰がぶつかったのかは、学校側が究明している所だから」
「でも!」
「分かっているから……でも、これ以上はどうし様も無いのよ。後は、お医者様が治療する以外には……」
 葵自身駄々を云った所で如何成る事でも無いのは分かっている。だが、そんな気持だけで割り切れる程に簡単な物では無いのも確かだ。自分の命を守る為に、大切な親友が死の淵に立たされている。しかも会う事すらも許され無い状態だと云う。怒りとも悲しみとも云えない複雑な思いが交錯する中、葵は薄れて行く意識の中で小さく小夜子の名を呟いた様な気がした。

 意識を取り戻してから二日が過ぎ、葵は自宅のベッドの上で横に成っている。結局小夜子との面会が叶う事は無く、医師からは自宅へと戻って良いと云う退院許可が出ただけだ。 
 葵自身は軽い打撲程度で私生活に影響は無い。だが小夜子の事を思うと酷く落ち込んでしまう。予定では、葵は明日から学校に行く積りだが、如何してもそんな気分に成らない。
 母は意識を取り戻した日から酷く落ち込んでいる。娘の命を救う代わりに、小夜子が生死の境を彷徨う事に成ったのだ、平然としている方が逆におかしい。だが、相変らず仕事は忙しいのか、退院の手続きを行い一緒に自宅へと帰ると、母は直ぐに仕事に出掛けてしまった。誰も居ない部屋の中。葵は複雑な思いに押し潰されそうな気分に成る。
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