愚者
葵は窓際に立ち夕方の寂しい街を眺める。本当に街が寂しいと云う訳では無いが、葵の瞳に映る感覚がそう思わせてしまう。明日には学校へと復帰をするが元気に登校と云う気分では無い。鬱々とした気持だけが広がる中、葵は不意に思い立ち、私服へと着替えて街に出掛ける準備をする。こんな気分で部屋に居たとしてもまともな事を考えられるとは思えない。
 紅い夕日が眼に痛い。退院してから外には一回も出て無い為に軽い眩暈を覚えるが身体が自然と動き出す。階段を下り、ふら付く足取りで目的地へと向う間、擦れ違う人達が怪訝な表情で葵の顔を覗き込んで来るが、街の人は一瞬顔を向けただけで直ぐに視線を反らす。部屋を出る際に鏡を見た時には、確かに顔面が蒼白に成っていたのは分かる。健康的な顔色とは程遠い、病み上がりだと無言で表情が物語っている。無理をせずに自分のリズムで歩けば良い。葵は自然と動く足に身を委ね、目的の店に着きドアを開ける。
「いらっしゃい」
 マスターで在る時雨が優しい表情で迎え入れてくれた。葵は何も云わずにスツールに座ると「紅茶お願いします」とポツリと呟き、時雨は何も云わずに紅茶を作り始める。
「何かあったのかい?」
 心を見透かす様な時雨の一言が葵の心を激しく揺さぶる。何故この人は自分の心の変化を察知する事が出来るのだろうか。不意にその様な思いが浮かんでは消えて行く。
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