愚者
夕方の繁華街は人で溢れている。娘の葵と分かれた恵は、急ぎ足で職場へと向う。休みを申請している段階での呼び出しが有ったと云う事は、今日は比較的稼ぎを期待出来る事を意味する。別居してからは激動と思える環境の変化に戸惑い乍も、娘を育てると云う事を考えれば無責任な事は出来無いと思い必死に毎日を生きている。元夫からの幾ばくかの入金で賄う事は出来るかも知れないが、人生と云う長い道程を考えた際に、如何なるか分からない不確定な現状に身を委ねる事は正直に怖いと思っている。少しでも蓄財をしなければ成らない。その使命感が今の恵の中では大きい。擦れ違う街の人達を横目に、恵は雑居ビルに飛び込みエレヴェーターのボタンを押して一息付く。
―気持を切り替えないと
 自分に云い聞かせる様に何度も心の中で反芻し、目的の階に付くと足早にスタッフ専用の入り口から中に入る。
「ちゃんと来てくれたんだ。助かるよ」
 軽薄そうな若いボーイが声を掛けて来る。人妻専用の風俗店。恵が職場に選んだ場所だ。無論娘にその様な事を云える訳も無く、曖昧な答えで逃げているが、四十代に成った現在、無資格の女性が働ける程に世の中は甘く無い。色々と思案したが、結果行き着いたのが風俗産業と云う、自身では受け入れ難い世界に収まる結果と成った。
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