サクラ

 突然、周り全体がオレンジ色に変わった。

 視覚ではオレンジという色を認識していないのに、脳は私にオレンジ色と言っている。

 目も眩むような明るさの中に、放り込まれたかのようだ。

 ぬるり、右手に生温い感触がした。

 身体が動かない。何かに捕まえられている。

 見てはいけない……

 判っている、判っているんだ……

 だが、あの時と同じように五体が動き、五感が感触を甦らす。

 右手が動く。


 何度も。粘土に竹べらを刺す時に似た感触が、手首から腕、そして肩へと伝わり、脳の中で鮮やかな爆発を起こす。

 見てはいけない!

 判ってる、判ってるんだ……

 腰に纏わり付く塊を見てしまった。

 首が半分取れ掛かっている。

 口だけがまるで池の鯉みたくぱくぱく動いていた。

 吐き出される血。いきなり赤の色だけが視覚いっぱいに広がった。

 赤く閉ざされたカーテン。

 別な塊が手足をばたつかせている。

 赤いカーテンが揺れ動く。

 見るな!見ちゃいけない!

 判ってる、判ってるさ……

 左手が塊を掴んでいた。

 私の方へ向ける……

 に、兄さん……

 達夫?

 た、たす、け、て……

 や、やめろお!



< 66 / 89 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop