恋人はトップアイドル
「わかった・・。でも、諦めない。・・・いいよね?」

ユキは俺を睨むように見つめた。
俺はもう、何も言えなかった。何を言っても、今のユキには、届かない気がした。

「・・帰る。」

答えない俺から目を逸らして、ユキは花束を持って、ふらふらと楽屋を出て行った。

まるで、魂が抜けたような姿で。


俺はそれを見届けてから、ため息をついた。


・・誰かに、見られたり聞かれたりしてねえよな?

一応、テレビ関係のスタッフがうじゃうじゃいる場所だ。楽屋の近くは、基本的にスタッフは用がなければ通らないし、防音はしてあるが、あんだけ騒げば、誰かに聞かれてもおかしくはない。


・・ったく、ユキのやつ・・、一体なんだってあんなに・・・。

訳がわからない苛立ちから、頭を掻きむしった。
頭の中に、またケイの言葉が蘇る。

『まさかあいつがあんなになあ・・・。』
『ユキには気をつけろよ。』

なるほど、今わかった。

ケイは先に、気づいてたってわけか・・。


思いつめると、唐突に優美に会いたくなった。
声が聞きたい。抱きしめたい。

いっそ、言ってしまいたかった。
優美が好きだから、無理だと。

でもできない。

芸能人である自分の立場を、これほど呪ったことはない。


簡単に言えない関係を、俺は好きな女に強いてるんだ・・。

でもだからこそ、優美を裏切りたくない。大事にしたい。


「切り換えろ、俺。」

俺は、俺にそう言い聞かせた。
今から、事務所へ行かなければならない。優美にも会える。



やるべきことを、やっていくしかねえんだ。


俺は、ユキの悲痛な声を頭から振り切るようにして、私服に着替え楽屋を飛び出した。


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