恋人はトップアイドル
「輝、移動。」

あたしは最後に着せるジャケットと水を手にして、狭いステージ下の道を歩く。

メインステージの下まで来ると、一気に天井が高くなった。
他のスタッフさんたちも、せわしなく動いている。

もう本当に本番なんじゃないかって、思う。

「じゃあ輝、腕開いて。」

「ん。」

両腕から袖を通す。前に回って、ジャケットのボタンを止めた。

「はい、出来た。水。」

最後に水を渡す。輝はそれを受け取って飲んだ。

「あと10秒。」

あたしがそう言うと、

「いい感じじゃん。」

と、輝は満足げに笑った。


やっぱり、かっこいい。
汗で顔に張り付いた髪、少し濡れた唇、しっかり前を見据えた瞳、立ち姿。

何もかもが、輝を引き立たせてる。


こんな人の側で、あたしは仕事してるんだ。


「スタンバイです。」

ステージ下から輝をメインステージへ上げるスタッフが、輝に声をかけた。

「了解。」

輝は、水を私に渡す。

「優美、気抜くなよ。」

輝は最後にそう言うと、走っていった。


その後ろ姿は、凄く大きく見えた。








無事リハーサルを終えた。大きな事故もなく、誰ひとり怪我もない。
ただ細かい部分での直しはどうしても入ってくる。

スタッフに、休む時間はない。

そういう点で、あたしは通しスタッフだから、輝に個別についているだけのあたしは、特に言われることもなかった。

あたしの仕事は、いわば輝を守ること。

衣装に不具合がないかチェックして、水を飲ませて脱水症状にならないよう注意して、無事ステージに上がれるよう送り届ける。


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