迷宮の魂
浪岡芳子が東京に出て来てもう3年になる。
7年前、松山の女子高を卒業し、大阪の大正区にある信用金庫に就職した。21歳の誕生日を迎える迄は、特に何事も無く毎日を過ごしていた。職場でも、元来のおっとりした性格が皆に好かれ、誰からも可愛がられた。それが、一人の男の出現で全てが変わった。
その男はほぼ毎日のように窓口に顔を見せていた。小さな会社の社長だという事位しか判らなかったが、見た目の羽振りはかなり良さそうだった。
彼がわざわざ芳子の窓口を選んでいるかのように、頻繁に顔を合わせるようになったのは、芳子が勤め始めて一年目が過ぎた辺りからだった。
最初は挨拶程度の会話だったのが、日を追う毎に言葉数が増え、芳子自身からも軽い冗談を言ったりするようになった。
男の名前が谷口圭三と知り、彼の会社がモデルなどを斡旋するプロダクションだと知るのに、それ程時間は掛からなかった。
そうしたある日、食事をしないかというメモ紙を渡された。
芳子は、何時かはこういった日が来る事を半ば予感めいた気持ちで待っていたので、直ぐにオーケーのサインを周囲に気付かれないように送った。
誘われて嫌な相手ではなく、寧ろ何処か好ましくさえ思っていた相手だったから、初めてのデートで男と女の関係になった。
バージンではなかったが、それ程男性経験があったわけではない芳子は、谷口で初めて女としての喜びを知った。
結婚というものも、当然意識し始めた。
自分にとって、谷口が無くてはならない存在になるのに、然程時間は掛からず、谷口も自分と同じ想いを抱いていると思っていた。
そのまま谷口との交際が一年近く続いた。なかなか自分から将来の事を切り出せないでいた芳子だったが、態度では何度もそれとなく匂わせてはいた。その度に上手くはぐらかされているように感じ、少しずつ谷口の煮え切らない態度に疑問を持ち始めた。
そんなある日、浮かない表情で谷口から相談したい事があると言って来た。