迷宮の魂

 何も言わずじっと手首の傷痕を見つめる男の目。

 掠れるような声でルカは、

「気になる?」

 と聞いた。すると男は手の力を緩め、ズボンのポケットから一万円札を三枚出し、ルカの左手に握らせた。

「事務所の分、持って行かなければいけないんだろ」

「いらんゆうてるのに。それに、多いし……貰い過ぎやわ」

「いいんだ。俺みたいな人間が持っているより、君に使って貰った方が金も喜ぶ」

 男はそう言い終わると手を放し、背を向けた。そのままベッドに腰を掛け、サイドテーブルにあった煙草に手を伸ばした。

 くしゃっと潰れた煙草のパッケージを覗くと、切らしていたのか、そのままゴミ箱に投げ捨てた。

「煙草、こうてきてあげる。うちも丁度切らしてたところやし。ついでや」

 男は何も言わなかった。

 10分程してルカは戻って来た。

「セブンスターでよかったんよね」

 ルカは煙草と一緒にトマトジュースを差し出した。

「飲み過ぎた時には、これがええのよ」

 男は煙草を受け取り、火を点けると苦笑いを浮かべた。

「トマトジュース、苦手なんだ」

「身体にええのに」

「色が……この色を見るのが厭なんだ」

 男はそう言って、自分の左手首を見せた。

「ごめん……厭なこと思い出させてしもうたね。ほんま、うちってアホやわあ」

「また謝っている」

 男の浮かべた笑みに釣られ、ルカも声を出して笑い出した。




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