迷宮の魂

「なあ、このお金でご飯でも食べへん?」

「まだ胃のむかつきが抜けないんだ」

「大丈夫、こういう時にピッタリのもんがあるんよ。お酒でどんなに胃の調子が悪くてもバッチリやから。うちに任せて」

 仕方ないなという顔をしながら男は腰を上げた。上着を羽織るとルカが腕を絡ませて来た。びっくりした様子の男に、

「こうすれば恋人同士に見える」

 と言って彼女ははにかんだ。

 タクシーでワンメーター程走り、目指す店に着いた。

 ファミレスの系列店で、中華専門の店だった。店内は深夜だというのに結構混んでいた。テーブルに案内されると、ルカは中華粥のセットを二つ注文した。

「お粥なら胃に優しいよ」

 ルカが得意気に話すのを男は柔らかな眼差しで見ていた。

 注文した中華粥のセットが運ばれると、ルカはまるで昨日から何も食べていなかったかのように、ぺろりと平らげた。男は半分も手をつけていない。

「美味しくない?」

「いや、美味しいよ。元々そんなに食べる方じゃないから」

「そういえば、お客さんて、痩せてるもんね」

 ルカはお客さんと言ってから、周りを気にして見回した。

 それぞれのテーブルでは、誰を気にするでもなく、自分達の世界に入り込んでいた。

「こんなとこでお客さんいうのんも、なんや変やね。ねえ、名前聞いてもかまへん?」

 男は暫く考え込んだ。

「いやなら別にかまへんよ」

「純一」

「え?」

「山本純一。苗字でも名前でも、君の好きな方で呼べばいい」

「山本さんかあ……いや、純一さんの方がしっくりするやろか。純一、純一……ねえ、純さんて呼んでもかまへん?」

「いいよ、どう呼んでも」

 何となく浮き立つような気分で、ルカは独り言のように純さんと何度か呟いた。



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