迷宮の魂
「昔の傷は、忘れなあかん……傷痕は消えへんかも知れんけど、引きずったままやと心の傷が深くなるばかりやもん」
「強いんだね」
「強くなんかあらへん。うちがそうやったから……なあ、忘れよ。うちも忘れる。な、そうして……」
ルカは自分の言葉に酔ったかのように気持ちを高ぶらせ、彼の唇を貪り吸った。
二人は朝を迎える迄の間、何度も求め合った。
翌日から、ルカのアパートに彼が移り住むようになった。それは、どちらからともなくといった感じで、まるでそうなる事が決まっていたかのようだった。
彼は夜も明けぬうちから仕事に出掛ける。日雇いの仕事だと言っていたが、詳しい事は殆ど話さない。
彼は毎日稼いで来た稼ぎをそっくりルカに預けた。自分の為に金を使うという事をまるでしない。そういえば、客としてルカに逢いに来ていた時も、金には無頓着だった。
ルカは預かったその金を貯金する事にした。
帰りが遅いルカは、最初の頃なかなか彼が仕事で起きても布団から抜け出せないでいた。さすがに気が引けるようになり、寝ずに起きている事にした。ちゃんと朝食の用意もし、昼食用の弁当も拵え、彼に持たせる。
そんなルカを彼は無理しなくてもいいよと言い、ルカは、純さんの世話がしたいのと言う。
ほっこりとした空気に包まれながら、日々が過ぎて行く。互いに口には出さないが、これが幸せという瞬間なのかなと思っていた。
一緒に暮らすようになっても、彼の無口は相変わらずだった。
ルカが一方的に話し掛け、それに相槌をうつ。ただ、ルカも意識して過去の話はしないようにした。
当たり障りの無い会話の中で、一度だけ彼の過去を垣間見れた事があった。
暫く髪を切っていなかったから、美容室にでも行こうかなとルカが言うと、
「鋏、貸してごらん」
と彼が言って、器用に彼女の髪をカットした。
「へええ、まるでプロみたいやなあ」
ルカがそう言って感心すると、彼は照れくさそうに笑顔を見せた。