恋、想い、春の雪

・ケーキとコーヒーと君の笑顔

「ひろ、今日一緒に帰ろうよ」

珍しく部活が無かったらしく、さやは美術室で絵を描いていた僕を呼びに来た。

「あー、もしかしてこれ私?」

昨日仕上げた絵を指差すさや。キャンバスに描かれているのは陸上部のさやがゴールテープを切った笑顔。

「ひろってやっぱり上手いね〜。ちゃんと美形に描いてくれてるし。うん、モデルとしても満足」

「それ、八割増しで美化してるけどね」

ドカ、とさやの鞄が僕の背中に命中する。結構痛い。

「でもまあ、走ってる時のさやは綺麗だよ」

そう口にしてからはたと気が付く。

これってまるで、『いつも見ている』的な告白の台詞ではなかろうか。

さやに問い詰められたら何てはぐらかそう。いや、いっそ想いを伝えるチャンスなのか。

焦ってぐるぐる回る思考に落ち着けと言い聞かせ、ちらりとさやの表情を伺う。

想いがばれたかという僕の予想に反し、さやは膨れっ面をしていた。

「走ってる時、だけ?」

「は?」

「走ってないときはどうなの」

どうしてそこを突っ込むんだろうと首を傾げた僕にもう一度鞄の攻撃。

「ふんだ、いいよもう。クラスの女子にひろの事聞かれた時『カッコイイよ』って褒めといてあげたの、取り消すから」

「うん、取り消しておいて」

切実にお願いしたい。

さやはぷいっとそっぽを向き、部室を出ようと乱暴に扉を開けた。

「ケーキバイキングの割引券、今日までだったなぁ」

ぽつり、僕が呟いた言葉にさやの足が止まる。

「確か最終日のオススメはチョコレートモンブランだったなぁ」

瞳がキラキラしだす。

「仕方ないなぁ、さやが行かないなら一人で行くしかないか」

「お供します、博章(ひろあき)様っ」

是非是非、と僕の腕にしがみつくさや。


この、笑顔を失いたくなくて。

そばで屈託なく笑っていて欲しくて。

今日もまた、僕は想いを口にしないまま。

チョコレートケーキを幸せそうに頬張るさやの子どもみたいな笑顔を見つめながら、僕は苦いコーヒーで胸の辺りにつかえた何かを流し込んだ。


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