短編小説集


「...え」


目が覚めたのはやっぱり先生の車の中で、目の前に先生の顔があった


寝起きの頭では状況が理解できなくて、だけど車がどこかに駐車していることと、私の目が覚めたことに気づいた先生が慌てたように離れたことだけはわかる


「あ、いや、斎藤が寝ちゃったからさ、それ、シート倒してやろうかと思って、な」

「あ、すいません、寝ちゃった」


確かにシートは倒れていた


私は寝転がった状態のまま先生の後頭部をボヤッと眺めて


愛しい、なんて思ってしまった


触れたい、なんて思ってしまった


どうやらまだ、寝ぼけているみたいだ


先生の背中をつついて、振り返った顔を見つめて、伸びてきた手に自分の指を絡めて


「すき、です」


唇が触れる直前に、そう呟いていた


初めてのキスの味なんか覚えていない


状況を理解することすら、たぶんできていなかったと思う


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