短編小説集

「せんせー、さよーならー」

「気をつけて帰れよ」


最後のHRもしんみりとした空気で幕を閉じた


徐々にクラスメイトが教室から出ていく


仲の良いグループ同士でカラオケなりなんなり、遊びに行くらしい


どこのグループにも属していないつもりだった私にも何人かが声をかけてくれたが、すべて断った


数人の男子生徒が教室を出ていくと、残ったのは私と担任だけになった


「帰らないのか?」


未だに自分の席から動かない私に、担任が声をかけながら近づいてくる


目の前に立った彼を見上げながら、私も立ち上がり机の脇にかけていた鞄を手に取る


「帰ります」

「帰るなよ」

「どっちなんですか」

「まぁまぁ、こうやって学校で会うのも最後なんだからさ」


彼は私の肩を押して椅子に座らせ、自分も隣の席の椅子に腰を下ろす


まったく、面倒な大人だ


「先生、泣いてたでしょ」

「そりゃまぁ...可愛い教え子が卒業するんだからな。それに」

「それに?」

「もう我慢しなくていいのかと思うと、嬉しくて」


伸びてきた手が、私の髪を乱すように頭の上を動き回る


他人に触れられることが嫌いな私だけど、この手は平気


身を任せるように目を閉じると、唇が触れる感触


「私まだ、生徒ですよ?」

「卒業式終わったじゃん」

「さっき"3月いっぱいはまだこの学校の生徒だ"って言ってました」

「忘れたなぁ」

「ダメな大人ですね」

「傷つくんだけど」


そう言いながら、頬を撫でる


優しい笑みにつられるように私も笑っていた


これはいつもの作り笑いじゃない、本当の私



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