ただ あなただけ・・・

五十嵐はまだ通話中なのを知っているのに、頬から指を離し、自分の唇で涙を拭った。


「――?!いがっ・・・」


驚いた妃奈は五十嵐を見た。しかし、長身なので見上げなければいけない。彼は妖しげな笑みを浮かべ、顔を近づけてきた。


「・・・ん・・っ・・・」


唇がゆっくりと重なる。壊れ物を触れるかのような・・・優しいキス。


『妃奈?どうした・・・?気分でも悪いのか?』


電話ごしに聡志の怪訝な声が聞こえる。携帯を持つ手が震えた。彼氏の声が聞こえているのに、別の男とキスをしている。


五十嵐は唇を離した。しかし腰には左手が絡まっている。


「――ごめんなさい。大丈夫。それより、もう切るから」


返事を待たずにボタンを押した。携帯をバックにしまい、ちらりと五十嵐を見たが、目が合った。慌てて目をそらし周りを見たが、誰も居なかった。


「・・・こんな所で・・・しないで下さい・・・」


顔が熱い。きっと真っ赤になっているだろう、童顔がよけい幼く見える。五十嵐は何も言わずに、そっと妃奈の頭を撫でる。
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