揺れる
境界
陽が差すことのない森の中、手探りで足を踏み出す。

森が歌う。


こっちだよ。さぁ。


風が歌う。


浅はかだ。戻れ。


その声に惑わされぬように、両手で耳を塞ぎ立ち止まる。


どちらが正しいのか。


その考えをめぐらせる間もなく、手を擦り抜けるように声が聞こえてくる。


森が歌う。


立ち止まるな。進め。楽しいぞ。


風が歌う。


これ以上踏み入れるな。これ以上欲するな。


どちらの言葉も正しいように思える。はたまたどちらも間違っているのか。


それ以上足を踏み出せず、そして戻ることも出来ずに、暗く深い森のどこかで立ち尽くす。



目を向けると森が手を差し伸べて、笑う。


風はそれを遮るように吹き乱れ、遠ざける。


どうしてだろうか。


人間の姿が暗い森の奥で揺れ動く。


あたかも本来あるべき姿であると指し示すかのように。


―終―
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