揺れる
呪文
 幼い頃の私を知らない街で、数年生きている。



 幼い頃の自分の足跡がない街で、私は気ままに過ごしていた。



 そんな私にも数年前に恋人ができた。



 目の前にいる私の姿しか見ていないのに、その人は安らぎをくれた。



 私は、私の過去を明かさない。



 いつか過去の私を昔話のように聞かせ、笑っていけると思っていた。



 でもその人が今の私を見て安らぎをくれるなら、過去の私を知ったらどうなるか心配だった。



 ずっと一人なら悩むことはなかった。



 けれど私は安らぎを知ってしまった。



 私がいてその人がいるのではなく、その人がいるから私はここにいられる。



 いつしかそう思うようになって、その人を失う恐怖を覚えた。
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