優しい刻
実は、こういう患者さんが運ばれて来るのが苦しくて、私はずっと内科だけは行きたくなかった。
でもいつもそうは言ってられない。私は、私のすべきことをしなければならない。
何かから逃れるように頭を振ると、私は再度カルテに目を通す。

「あ」

外来は相当忙しかったようで歳や名前の欄が空欄だ。メモした紙や名刺か何かを挟むつもりだったのだろうが忘れられている。

顔色を見て点滴を変えたら、一度戻って名前と歳聞いてこなきゃ。

そんな事を思いながら、内科に程近い外来用の簡易個室の前まで来た。





音を立てないようにして部屋に入ると、中から規則正しい寝息が聞こえた。

暗い部屋内を、私は懐中電灯を手に進む。

「……えっ」

私は患者さんの顔を見て、カルテを見たとき以上に驚いた。

「若い……」

働きすぎのビジネスマン。それは大抵中年の方々で、今回も例によって例の如く、そうだと思い込んでいた。

けれど患者さんの顔はどこからどうみても二十代後半で、絶対に中年ではない。

そしてさらに、とても端正な顔立ちの男性だった。
鼻筋が通っていて、掘りの深い顔。黒髪は触ったら気持ち良さそうな程ふわふわとしているが、好青年の如く爽やかでほど好い短髪だ。

――……そして。

「……優しそうなひと」

眠っているからではなく、彼の雰囲気が柔らかい。

優しいから、我慢しすぎちゃったのかも。


暫し見入っていると、彼の口からうめき声が聞こえた。

「会……ちょ、早く……仕事に戻ってくださ……」

苦しそうに顔を歪ませる彼。
天井に向かって、何かを追いかけるように右手が伸ばされる。
私は慌ててその手を取った。

「大丈夫ですよ。眠ってください」

戸惑ったように眉を寄せた彼。しかし私が宥めるように汗を近くにあったタオルで拭うと、安心したように力を抜いた。

再び、規則正しい寝息が私の耳に届く。



安堵した私は、静かに点滴を確認してから扉に向かう。
様子は安定しているし、後は精神によるものだから個室を用意しよう。

「お大事に」

私は扉の前で振り返って、少し微笑んで声をかけると、そっとその場を後にした。



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