優しい刻
「では!今日も一日、誠心誠意患者さんに尽くしましょう」
「はいっ!」
明くる日の朝。夜勤明けの重い頭を何とか働かせながら、私は朝の検診に向かった。
それを終えたら今日は上がって良いことになっている。
「あの人、元気になったかな」
ふと個室が目に入り、そんなことが頭を過ぎる。
優しそうな男性。早く良くなると良いけれど、戻った所で同じ忙しさとストレスが待っているなら堂々巡りだ。
――……
「如月さん、何か考え事ですか?」
「え?」
驚いて顔を上げると、担当の大部屋に入院している高校生・山中さくらが微笑んでいた。
そうか、私検温の途中……
「ごめんねさくらちゃん!えっと……」
「36.7℃です」
「有り難う」
カルテに書き込み、次に血圧を測る。
「今日はこのままお仕事終わりですか?」
「そうね。夜勤明けだし」
さくらちゃんが首を傾げて問うのが可愛らしくて、私も思わず微笑みながら答える。
するとさくらちゃんは残念そうに口を尖らせた。
「なぁんだ……じゃあまた水野さんの担当になるのかぁ……」
「水野さん、嫌?」
「んー……」
大部屋の担当は二人で交代なのだが、私がいない時はその代理に水野ありさが入ることになっていた。
私がさくらちゃんの表情を伺うと、何とも微妙な顔をしている。
「あの看護師さんですけど……。若い男の人には良い顔するけど、女の人とかお年寄りには全然愛想無いんですよ」
「えっ……」
「絶対医者捕まえての玉の輿か、患者捕まえてのイケメン結婚狙ってますよ。絶対!」
やだやだ、と大人びた口調で頭を振るさくらちゃん。私は暫し呆然としていて、我に返った時にはさくらちゃんがにっこり笑ってこちらを見ていた。
「だから!明日まで如月さんのこと待ってますから!」
「……分かった。一番に来るね」
「約束!」
指切りげんまん、嘘ついたら……
急に大人びたり子供っぽくなったりするさくらちゃんと指切りをして、私はまた新たに仕事を再開した。